モリブロ

ここ最近はよく悩んでいる。

物乞い

 積読が30冊くらいある。暗めの本が半分くらいあって、これから社会人になろうって気持ちを削ぐ。そんなに積読があるのに、そこそこの頻度でジュンク堂に行く。ジュンク堂は、まだ買っていない積読がたくさん置いてある。楽しい。

 ジュンク堂は大通駅で降りて、地下歩行空間から一度も外を出ないで到達できる。アベイラビリティが高い。でもその日は外の空気が吸いたかったので、ポールタウンの出口から出て、外を歩いてジュンク堂を東へトラバースした。ZARA、王将、CENTRAL…、ここら辺を歩く人ってなんか気持ち悪いなっていつも思う。なんとなく、私の人生と交わらないし、お互いがお互いを軽蔑する気がする。

 目つきを悪くして街を闊歩していると、ふらふらと蛇行するように歩行者が前から来た。お、怪しい。俺も猫背で首を垂らしているし、靴を地面に擦りながらポケットに手を突っ込んで歩いていて、おまけに目つきもすこぶる悪い。眼鏡を外して歩くので、より一層悪い。怪しいやつと怪しいやつは交わらないことは義務教育で習っていたので、きっと、このまますれ違う。何事もなくすれ違う。

 

————すみませんわたしおかねがなくてしごとにつけていなくておうちもいまなくてこうつうひだけでもくれませんかおねがいしますおねがいします

 

 聞き取れなかった。自慢じゃないけどセンター試験の英語のリスニングは48/50点だったから、聴き取る能力はあると思うのだけど、不意に話しかけられるとわからない。

 

 「すみません、聴き取れなかったのでもう一回言ってもらえますか」

 

 聴き取れない時には、丁寧にもう一度聞くのだ。高等教育では"Pardon (me)?"とか、"Please speak slowly."とか言うのかもしれないが、聞き間違いじゃなければ日本語をしゃべっていたような気がするので、日本語で聞いた。私はこの人を救いたい。

 

 「すみません、交通費がないのでお金を貸してくれませんか」

 

 きたねえ服の50代くらいの肌の汚い蛇みたいな動きのおじさん、落ち着きがない。貧乏なおじさんはなんで薄汚れたキャップをかぶっているのだろう。競馬とかするのかな、いやでもここは大通りで、最寄りの競馬場は札幌駅から桑園駅まで乗って、そこから徒歩で…。あ、パチンコ、スロット、ここらへんにはある。なんて、茶番だよ茶番。そのおじさんは狡猾さが浮き出ている。言葉は丁寧、誠心誠意、でも、私に聞き取れないスピードで話すし、ここで万券でも揺らそうもんなら、パン食競争みたいに掏っていくだろう。狡猾、狡猾、蛇みたいだよ。でも、私の勘はあてにならないから、話そうと思った。

 

 「お金。僕、お金ないんですよ。まじで。」

 

 この物乞いはセンスがない。いかにも金がなさそうで明らかに大学生!って感じの私に声をかけてしまうのだから。お金が本当にないことを証明するために、財布を取り出して、お札がないことを確認させた。相手の狙いが定かじゃないから、財布を持つ手には力が入っていて、DIESELの蛇皮の其れが少しひしゃげている。誰かが殺した蛇の皮、息を吹き返し、身体を手に入れたとしたら、お前は俺の手をすり抜けてどこに行くんだろう。目の前の物乞いおじさんのもとか、大通りのビルとビル、その間の路地に横たわるのか。それとも、金のない俺に親近感が沸いて私のもとにとどまってくれるのか。滑るようでいて重たいお前の感触に私は耐えきれないから、裏切られたみたいなそんな目で見ないでくれないか。ごめん。

 小銭も見せてくださいって言われたらどうしよう、なんて考えている間に、物乞いは踵を返し去っていった。早い、どれくらい早いかというと、部活動くらい早い。部活動はやったことがないのだけど、部活動の構成員はみな早い。

 まとまったお金がなければ、このガキに用はないと思ったのか。「あ、そうですか、すみません」とか言ってたけど、そうか、うん、お前はお金が欲しかったんだな。交通費とかじゃなくてさ。でも良かったよ、帰れるんだと思う、きっと。

 私はこれからジュンク堂に行く。空っぽの財布をたたんで、雑にズボンのポケットに突っ込む。尊厳もない、金もない、幸せでもない学生が本屋に行く。

 悪いのはお前じゃないよ、きっと、金の入っていない財布だよ。